Renault’s History


Renault’s History

ルノーの誕生

BIRTH OF RENAULT

BIRTH OF RENAULT

ルノーの歴史は1898年のクリスマス?イヴに始まります。21歳のルイ?ルノーは三輪車をベースに改造した車で、それまでどの自動車も登れなかったモンマルトルの坂道を苦もなく登ってみせたのです。冷やかし半分に見ていた友人達もこれにはびっくり。その性能の秘密は彼が発明したダイレクト?ドライブ?トランスミッションでした。これは後に特許を獲得し、世界中の自動車メーカーに採用された技術です。ルイはその場で同車12臺分の注文を受け、これが彼の車作りの幕開けとなったのです。

ルイ?ルノーは兄マルセルとフェルナンと共に翌年の10月、「ルノー?フレール社」を設立。商人だった2人の兄の資金とルイの機械造りの才能が統合した結果、會社は瞬く間に成長していきます。數々のレースに積極的に參加しては勝利を収め、顧客を獲得していったルノーは、やがてパリ市のタクシーの大量生産を受注。ルノーは手作り生産から分業による大量生産に移行します。第一次世界大戦では、このタクシー1200臺が対獨戦においてフランス兵の輸送車として大活躍しました。これが「マルヌのタクシー」です。

その後もルノーはフランス軍の主要サプライヤーとして生産を拡大していきます。あらゆる車種の車に加え戦車、航空機エンジン、航空機にいたるまで製造。しかし第二次世界大戦でフランスがドイツに降伏すると、ルノーはドイツ軍の圧制下に置かれます。それは自動車メーカーとして避けられぬ運命でした。しかしこの結果、フランス解放後ルノー社の資産は國に沒収されることとなります。

新たなスタート

NEW START

NEW START

1945年、ルノー社はド?ゴール將軍の行政命令によって國有化され、「ルノー公団」として新たなスタートを切ります。 ルノー公団最初の主力商品は、終戦前に開発していた「4CV」(1947年発売)でした。この大衆向け小型車4CVは戦後社會において大成功し、ルノーの再建に大きく貢獻しました。4CVは日本でも日野ルノー?ブランドとして知られ、50年代にタクシーとして親しまれたモデルです。 その後もルノーは數々の歴史に殘るベスト?セラー?カーを生み出します。特に、フランス乗用車史上最多の生産臺數を記録し、「クルマのジーンズ」と呼ばれた「ルノー4」(1961年発売)や、ルノーを ヨーロッパNo1メーカーに押し上げた「ルノー5」(1972年発売)は、機能性とデザイン性を兼ね備えた車として多くの人々に愛されました。また1965年に発売した世界初の高級ハッチバック車「ルノー16」は、実用性と美しさが融合した高級車として高い評価を得ました。そして、1984年にはヨーロッパ初のモノスペース?カー「エスパス」を導入。「居住空間としての車」という新しいコンセプトを提案したエスパスは、ヨーロッパに大旋風を巻き起こしました。これは90年代の「トゥインゴ」「セニック」、2000年代の「アヴァンタイム」の母體となったモデルなのです。

90年代はルノーのレンジが一層充実した時代。これらの「モノスペース?カー」に加え、「ルーテシア(フランス名クリオ)」や「メガーヌ」「ラグナ」などの相次ぐヒット車が、ヨーロッパ?トップ?メーカーとしてのルノーの地位を確固たるものにしていきました。

新しい時代へ向けて

FOR THE NEXT ERA

FOR THE NEXT ERA

ルノーは1990年に株式會社となり、1996年には完全に民営化されました。また、新車開発のプロセスを一箇所に集結させるべくテクノ?センターを創設しました。ルイ?ルノーが最初の12臺を作ったビヤンクール工場創設からちょうど100年経った1998年に開設した同センターでは、9900人の社員が全力を注いで日々新モデルの開発に取り組んでいます。

1999年、ルノーは、ヨーロッパ市場はもとより世界市場で競爭力をつけるため、日産自動車との提攜を決定します。同年3月、両社は提攜合意書に調印。これにより年間生産臺數480萬臺、世界第4位の自動車メーカー?グループが誕生しました。ルノーと日産はそれぞれのアイデンティティを保ちながら、互いにサポートするパートナーとして共に歩み始めたのです。さらに同年7月にはルーマニアのDACIA、2000年9月には韓國SAMSUNG MOTORSがルノー?グループに加わり、ルノーはグローバル企業として、また新たな1ページをめくりました。

ルノーは、自動車の歴史をその始まりから作ってきたブランドのひとつです。110年以上も前から現在に至るまで、我々を駆り立ててきたものは、品質向上への挑戦、デザインへのこだわり、そして技術革新への情熱です。このルノーの車作りは、常にひとつのことを中心に據えて行われてきました。それは、人への配慮です。人々の命の重さこそが、我々の技術的な発展を支えています。ルノーは、人が車に合わせるのではなく、車が人に合わせるべきだという理念を掲げています。我々は、車作りを通して、人々の生活の質をこれからも高めていくことを目指します。

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